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毎日の院長 改め、日々雑感

週末の院長だけではご不満な方、新バージョンを作りました。

おふくろ食堂のおばさんが亡くなった・・・・

大学生の時、食堂で皿洗いをしていた。学生相手の、小さな定食屋。
生まれて初めて大阪を離れ自活。それまでバイトなんて、全くしたことがなかったんだが。(今でこそ、高校生というものはアルバイトをするものらしいが、当時はそんな子、おらんかった。あるいは、私のまわりにはいなかった、と言うだけか。)

とにかく、何でも大盛り。ごはんも、おかずも。
初めての人が、「大盛りで」って注文すると、「普通でも大盛りなんで、とりあえず食べてみて、足りんかったらおかわりあげる」って、言ってた。(結局、おかわりする人はほとんどいなかった。)

おにぎり持ち帰り、って頼まれる時が時々あった。普通はおばさんが握るんだけど、忙しい時は私が握った。それまでおにぎりすら作ったことがなかった。おばさんの見よう見まねで、どんぶりに取ったごはんを握る。(あ、おにぎりのサイズは、どんぶりサイズ。)よくわからんがら、これでもか、っていうほど力を入れてこねくり回す。表面がだんだん、つやつやになる。今から思うと、「餅」化していたんじゃないかと思う。皆さん、ちゃんと食べてくれたんだろうか。

「あのね、うち、風連で材木屋をやっていたんよ。それはそれは、大きな商売で羽振りも良くって、内地から職人を呼んで、何週間も泊まり込みで欄間を作らせたりしていたんよ。それが急に商売がダメになってねえ。」って話を何度か聞かされた。なんでも、おっちゃんが身代をつぶした雰囲気だったが、別にそれを恨んでいる風でもなかった。で、流れ流れて、野幌で大衆食堂を開いたそうな。(ご主人は何をされていたんだろう?もちろん、顔はよくあわせたが、昔話は聞いたことがなかった。)

大学を卒業してからも、近くへ行くことがあればちょっと顔を出したりしていた。大阪へ帰ってからも年賀状のやりとりや、たまに電話をしていた。
道路拡張にひっかかって商売を辞めたこと、団地へ住みだしたことなんかも、その折々聞き、「浦野さん、元気かい、奥さんも娘さんも元気かい」って、北海道弁でおっしゃるのがすごく懐かしかった。

そろそろ会っておかないと、と思っているうちに北海道とも疎遠になり、「もう88歳になってねえ。足が悪くって歩きにくくって。今から手術もおっかないしねえ。」
最後に声を聞いたのは2年前だったか。
大学の同窓会なんて行こうとも思わないが、おばさんに会えなかったのは心残り。


北海道が、さらに遠くなったような気がする。

おばさん、ゆっくりお休み下さい。おじさんと会えたかなあ。


  1. 2010/07/20(火) 22:15:20|
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