父に怒られた記憶はさっぱりない。3年間社会人もしていたが、上司に怒られた記憶もほとんどない。
北海道では獣医師というのはすごく大事にされていて、大学出たての何も知らん若者(である私)なのに、「先生、先生」って呼ばれて、「勘違い」していたんだと思う。今から思うと、恥ずかしい事ばかり。今からでも、共済組合の先輩や、酪農家の皆さんに謝りに行きたいくらい。
大阪に帰って犬猫病院に勤めた。当時は月給8万円のボーナスなし。代診って呼ばれていたが、要するに、徒弟制度みたいなもん。一昔前の、住込みの准看護婦の世界にも似ていた。(私の時代、中学を卒業した田舎のお姉ちゃんが病院に住み込んで、住居から食費、授業料まで病院に世話になりながら一方で、病院でただ働きする例があった。准看護婦になってもその後何年かは、「お礼奉公」するんだったか。)
そのくせ、3年間は開業しない、退職しない、てな事を約束させられていた。
当時は結婚もしていたし子供も生まれたところ。さすがに生活して行けんなあと思っていた。
1年半ほど勤めたが、何がきっかけだったが忘れたがねちねち小言を言われた。もっとも、これは私の一方的な印象なわけで、それなりの理由もあったんだろうとは思うんだが、詳しくは思い出せない。でもって、すぐにやめてしまった。
それからしばらくして開業して「一匹狼」というか、「一人親分」になってしまったので、上司や先輩から叱られるという事は皆無になってしまった。
人は褒めて育てるんだという。テレビを見てても本を見てても、そんな話であふれている。
一方、ニュースの解説者だったか、司会者だったか、若い頃に褒められたことなんて一度もない、君には合わないからやめろ、と何度も言われた、っておっしゃっていた。「なにくそ」が原動力になっていたのかも、っておっしゃっていた。
そんな能力もないのに人を雇用する身になっている。
いろいろ、むつかしいなあ、って、今頃になって感じている。
- 2013/10/31(木) 19:58:28|
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