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毎日の院長 改め、日々雑感

週末の院長だけではご不満な方、新バージョンを作りました。

延命は誰のため

いつだったか、胃ろう処置の是非についての議論が、新聞に書いてあった。
痴呆なんかが進んで、自分で食事しなくなった時、胃ろうをするかどうか。悪い言い方をすれば、栄養分を流し込めば当分の間、死ぬことはないだろう、と言う感じ。それだけで何年も生きる人もある。ただ、その後栄養状態や痴呆が改善して胃ろうから脱却する人は極めて少ないらしい。

父が食事を食べられなくなった時、医者から胃ろうをするかどうか、尋ねられた。それまで、「なだめすかせて」何時間もかけてスプーンで食事を食べてもらっていたが、その「作業」から「解放」される。摂取できる栄養分も増える。すぐにお願いした。

入院されている皆さんが食堂へ行って食事を始める頃、ベッドサイドに「食事がぶら下げ」られる。ポタポタ落ちるのを眺める。すでにその頃には父との意思の疎通なんて出来ていなかったので、頼まれた曜日に病院へ通い、それが終わったら病院をあとにする、というような事を繰り返す日々だった。

何ヶ月か経った時、「食事」後に流動食を誤嚥したらしく、それが原因で肺炎を起こし、亡くなった。


胃ろうをするかどうか聞かれた時、医者は、「まあ、自分で食事できなくなったら人間として終末に近づいているということなのでそういうことを希望されない方もおられますし、少しでも長生きさせようと希望される方もおられます」とおっしゃっていた。
生前の意思というのがわからなかったが、今から思うと、父はそういうのは希望していなかったか、とも思う。
ただまあ、何もしないで死なれるより、出来る限るのことはしたというこちらの満足に父に付き合ってもらったのかもしれない。



時々、高齢の身内を医者に診せずに死なせた、と言うことで息子さんや娘さんが逮捕されるニュースを見る。

「自然死」って何なんだろう、と思いつつ、いつか私もそうなるんだろうし、死に方は自分で選ぶものか、身内に任せるべきか、考えておいた方がいいかなあ。


  1. 2012/02/01(水) 19:48:49|
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