FC2ブログ

毎日の院長 改め、日々雑感

週末の院長だけではご不満な方、新バージョンを作りました。

訃報

突然、訃報が舞い込んだ。
(旧姓)中川裕美子さん。



50年以上生きていると、さすがにいろんな事があった。人生の転機とも言えることをいくつも経験してきて、今の私があるのだと思う。その時々の選択が今につながっている。

獣医科に入り、獣医師になり、今の仕事をしていることは、やはり私にとっては大きな事だと思う。
その原点とも言えるのは、もちろん犬が好きだったし、そういう家庭環境に育ったこともあるんだろうけど、それ以上に泉陽高校の生物部に入って、良き先輩、同級生、後輩に出会えたことが大きいと思う。高校のクラブというのは、年令を超えた繋がりがあり、学ぶことが多かった。特に男兄弟の中で育った私にとって、一年年上の中川さんは特別の存在だった。生物部と言っても、いろいろなメンバーがいて、私や後輩は熱心に(?)昆虫採集したり、ネズミを飼育して解剖したりしていたが、中川さんは特に何をするでもなく、今から考えるとどうして生物部に属しているのか、わからない存在だった。もちろん、同期にも「幽霊部員」というのは何名か存在し、年に2、3回の「宴会」にだけ顔を出す部員もあったが、それはそれで、それなりに仲間意識を持っていた。
中川さんはいつもにぎやかで、後輩の面倒見が良く、部室に来られるとそれだけで回りが明るくなる存在だった。

一浪し、酪農学園大学に入っても、中川さんとだけは手紙や電話のやりとりが続いていたが、さすがに何年かすると疎遠になってしまっていた。が、4,5年前、中川さんが犬を飼いだし、私の病院へ来られた頃から再び、お会いするようになった。

青春の一時期を共に過ごした先輩は、記憶の中ではその時点で止まってしまっている。何十年も経過し、こちらも先輩も子持ちの身になり、その子供ですら当時の私達の年令以上になっている状態で再会するのは、過去が一気に崩れ落ちるような気もして恐ろしかったが、何十年かぶりに病院でお会いした時はそんな不安も一気に消え、お互い、昔のままで話が出来て新しい関係が出来たような気がした。
それ以来、飼い方、しつけ相談、予防注射などで、年に何回かお会いしていた。そういえば、ここ何ヶ月か、連絡がなかった。冬なのでフィラリア予防もなく、ワクチンも時期ではなかったので来られないだと思っていた矢先の訃報だった。

私も含めて、人はいつかは死ぬものではあるが、納得出来ない死もある。なぜ、中川さんだったんだろう。

今は、私の中では、先日からお会いしていた(旧姓)中川さんではなく、昔の中川裕美子さんに戻っている。
  1. 2010/03/02(火) 21:23:58|
  2. 日記|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
【楽天市場】本・雑誌・コミック